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いいの?DPI 。



5月30日付、朝日新聞朝刊に 『「ネット全履歴もとに広告」総務省容認』 の記事が載った。
「ディープ・パケット・インスペクション(DPI)」に総務省がゴーサインを出したというのだ。

総務省の研究会が容認したことについて、原口総務相は1日、閣議後の記者会見で「(総務省として)結論を
出したわけではない。政務三役で議論する」と述べた。
「通信の秘密が侵害されることがないように行政を進める」として、慎重に判断する考えを示した。
(6月2日付、asahi.comによる)

ある大学教授は、「DPIとは簡単に言えば盗聴器である」と言っている。
ネット利用者とプロパイダーの間に入り、盗み見ることで利用者の趣味や志向に応じた広告を配信する技術だ。

本家の米国や英国でさえ「通信の秘密」が問題化し、実用化に至っていない悪魔のような技術だが、総務省
の役人は積極的で、『利用者の合意があれば良いのでは』という意見を基に、認可するかもしれないという。

もし認可されれば、ネットで見聞きした「あんなことやこんなこと」までも、その筋にはすべて筒抜けだ。
「個人の尊重」も「個人情報の保護」もへったくれもない、すべて海の藻屑と消え去ることだろう。
「Cookie」の情報だけでも、ブログを開くたびにうんざりさせられるというのに・・・。

世の中、技術が進むほど面倒臭さも比例する。パソコン黎明期、紙は減ると言われていたのが懐かしい。
I T の進化やネットの発達とともに、精神的自由と精神的自立は縮小し続ける。ネットに自由を委ね、ネットに
人格までも依存する。そんな世になったんだ。

話は飛ぶけど、もし日本を追い出されてもあまり行きたくないと思う国がふたつある。ひとつは北朝鮮。
もうひとつは、米国(本土)だ。ふたつの国は、自由に対する壁が他国に比べ高くて厚い、そう思う。

米国には自由に対する壁が三つある。第一の壁は「銃」だ。「銃」は致命的に怖い。
日本で銃を持っている人は、警察官(自衛官は非日常)とヤクザに限られる。もし日頃、誰もが銃の保持を許され
ていたら、対人関係はかなり緊張されたものになるだろう。穏やかな暮らしの中でも、頭の中で銃をぶっ放したい
と思うようなトラブルは年に何回もある。実際に銃を手にしていたら、自分をも縛ることになる。不自由で怖い。
「銃の自由」という世界は、最上の価値観「個人の自由」と相容れないことは明白だ。

第2の壁は「カネ」だ。市場最上主義・物欲優先主義の、「カネがすべて」という不自由な考えの最も進んだ国。
自分のような貧乏人が米国に迷い込んだら、ひとたまりも無いだろう。東京にさえ畏怖を覚えるのに。
基本的に「カネ」を容易に入手する方法は、他人を追いやることや他人を追い落とすことだ。同僚を蹴落としたり
仲間や相手先をうまくハメることが、「カネ」儲けの成果として最も大事になっている。そして、汲々とした毎日を
過ごすことで、精神の自由からますます遠くなる。そんな精神風土は到底馴染めない。

第3の壁は「人種による差別」だ。日本にいて本当のことは知らないし、分からない。
もし米国に暮らせば、少なくてもこの種の意識を多少なりとも持たざるを得ないだろう。普段の暮らしに余分な思考
をしなければならない不自由さ。考えるだけで鬱陶しい。米国ってそんなに自由なの?

それでも、映画や音楽を通じて、米国のやさしさ、寛容さ、多様さ、を知っているし享受もする。
そんな米国を尊敬している。

他方、MSやグーグルに見られるような、地球上のすべてを思いどおりにしようとする傲慢さと気味の悪さ。
そんな米国の負の片棒を担ぐような、総務省のDPI認可問題。これも世の趨勢なのか?

Perfumeのことも書きたいけど、今回はここまで。



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Date: 2010.06.06 Category: ETS  Comments (0) Trackbacks (0)